(産地の声) vol.1756 一老農のつぶやき 2026.7.15
ゴマを蒔いたのだが、中々成長が進まない。先月蒔いたのだが、ゴマの芽が出るのと同時に草も同じように芽を出し背比べをしている。2.3日前に孫に中耕機で歩いてもらって畝間は草が隠れたのだが、株元はそうはいかない。
昨日と今日と連れ合いと草抜きと間引きをしたのだが、結構細かい仕事なので手間がかかる。それに猛暑が重なった。後で、なんて思ったりするが、草の方が元気があるので今やらないととんでもない事態が予測されるので、何とかしないといけない。
久しぶりに腰を曲げての仕事だったので、腰が叫び声を上げる。
ゴマは手間仕事で、面倒くさい。日本のゴマの自給率は0.1%程度だという。日本人が食べているゴマはほぼ外国産を食べていることになる。2.30年前にちょっと調べたことがあるが、その生産地はアジアやアフリカが多かった。
そこの農民たちは低賃金で一日3ドルから5ドル程度で働いているというが、日本人はずるいではないかと思った。昔は日本でも日本の農家が作ったものを食べていた。
面倒なことは他国の農民に作らせ、低賃金には目をつぶり、自分たちは楽な仕事をして経済成長などと叫んでいる。ならばせめて自分だけでも食べる分くらいは自分で作ろうと時々思い出しては種まきをしてきた。
同じ地球人としてそれでいいのだろうか、と思う。令和の米騒動がどうなるか全く予断を許さない状況だが、同じ構造を持っているのではないか。以前たくあん大根を作っていたが、業者の説明ではその大根も日本の市場の9割以上は輸入になっている。何故かと聞くと、ともかく人件費が20分の1、30分の1なので安く手に入る。同業他社に競争に勝てないから自社もそうなっているという。生ものは輸入できないけど塩づけ大根ならば輸入できるのだと。
農仲間も言うには、買った方が安い、というが、それでいいのかという自分がいる。昔の日本人は豆も作ったしゴマも作ってきた。そんなことにこだわるのは何故だろうと自問自答するが、それでいいのだ、と割り切れないものが内にこもる。
ともあれ、採算はどうでも自分で食べるものはできるだけ自分で作ろうとしてきたのだが、この社会にとって自分は変わり者のようだ。
今週の宅配は、ネギが入っているが見栄えの良くない出来だ。一本ネギは花が咲くと堅くなって食べられなくなるが、これは分けネギといって花を持たない。分けつをして次々と増えていく品種なのだが、そのまま植えれば、分けつして増えて栽培できる。プランターでもできるので挑戦してみてほしい!
おかげさま農場・高柳功
