同志との語らい

(産地の声) vol.1752  一老農のつぶやき            2026.6.10

 今週は、縁ある人たちとの出会いのあった日が続いた。田植えも終わり、圃場のあちこちの雑草退治もままならぬところだけど、お邪魔したいというお客さんが来たり、長年欠礼していた先輩とも語ることができた。

 

 「食と命」を標榜してきたが、30年ほど前に出会った卵生産者の農家の同志もその御年80を超えつつも、農に対する姿勢も全く変わらず志を全うしている姿に感服!

 「農は人なり、食は命なり」と標榜し、忙しく働く。TVなどで論者は、衰退する農業のことを<儲かる農業にすれば>と言うけれど、違うよな!我々は、なりわい(生業)として農を営んでいる。儲けのために農をしているのではない。そこがわかってない日本人が多すぎる。授かった命を大事にして生きるための農を目指してきた。

 大自然のおかげで我々人間が生かされている。自然に対する畏敬の念が第一であって、自然は、分解者としての微生物がいて大地が豊かになり、植物が育ち、その植物を食べて動物の命がある。地球の生き物は食物連鎖という生き物の鎖のような流れ-生態系の中で命をつないでいる。これらは、人間の意思など及ぶところではない。医者が命を守っているのではなく、食べ物で人間が生きていられる。まさに人間は食べたものでできている。だから、自然の生命力で育ったものを食べることが大切なんだよな。地球を化学物質で汚していいわけない。次の時代に引き継げる農をしようとしてきたんだよな!と。

 医者に頼ることよりも、といって枇杷の話になった。枇杷の葉を患部に貼ると痛みやしびれがとれる。枇杷の種を焼酎漬けにして潰して患部に塗るとこれも効果ある。マムシを焼酎漬けにしたものは打ち身に効く。などと。

 まずは食をまともなものにして、自然の力に依拠して生きるすべを次の世代に伝えたいな、などの話に花が咲いた。その彼との出会いに忘れられない言葉は「有機農業も大切だけれど、今は人間の有機栽培の方が必要じゃないかな」と冗談交じりに語った事。

 今の教育は点数教育、偏差値教育で、まずは自分の命がどこから来るのかを教えていない。命を全うすることとはどういうことなのか教えていない。人間は食べたもので出来ているという根本的なことを教えていない。栄養計算などと言うことより、自然の恵みである食べ物が真に基本的な我々人間の命の大元ということがわかってない。

 久しぶりだったので、我が家のお米と採れ始めたトマト、キュウリを持って行ったのだが、翌日取れたての卵を持ってきてくれた!義理堅い御仁だ。久しぶりに志の変わらない同志に出会ったことで心が清々しくなった。

                      おかげさま農場・高柳功