東日本大震災の日でした

(産地の声) vol.1739 一老農のつぶやき            2026.3.11

 3月11日は東北大震災のあった日。あれから15年、突然の地震と津波は2万人に近い犠牲者を出し、また原発の爆発という人災とも言うべきあってはならない巨大事故も引き起し、放射能汚染を起こした。

 あれから15年。世界は、混乱の極みと思えるほど戦争の火種が燃えついている。ロシアのウクライナ戦争が収まり、平和へと向かうよう願っていたら、もう一方の大国であるアメリカが南米やイランへと戦争を仕掛けるようになってしまった。

 戦争は人殺しを正当化する。平和な世には人一人殺しただけで犯罪者となるのに、戦争となると人は別な考えになってしまう。なぜだろうか。人間の愚かさを思う。

 歴史に進歩ということがあるとすれば、世界中のみんなが等しく安心して暮らせるように研鑽努力してゆくようになる、ということだと思うが、そういう観点からすると、人類という生き物は劣化へと向かっているように思えるが、いかがだろう。

 3月も中旬となって、草の芽が伸びてきた。三寒四温ということがあるが、ちょっとでも気温が高くなると一斉に成長する。ここのところ寒さが続いているが、いったん陽気が良くなるとほうれん草など一晩で5センチも6センチも伸びてしまう。

 仲間が「ちょっと伸びすぎたので食べてください」とほうれん草を持ってきた。市場では、ほうれん草の長さは30センチ位まで、という規格があって伸びすぎたものは扱われない。伸びたからと言って中身が劣化するでもないし、栄養的にも全く問題ない。

 キュウリなども大きさもあるが、曲がりによってA品からB品、C品などと規格があるが食べ物としては全く同品。なのに、なぜそうなってしまうのだろう。ずっと疑問に思っている。

 そんなことより農薬を散布したものや食品添加物のような化学物質のような、自然界の存在しなかった物質を人間が食べることの危険性の方がはるかに問題だと思うのだが、そこは問題にしない。命という観点はないのか。

 消費者の皆さんには、もっと自然の状態の野菜の姿を知ってもらいたいと思う。かって無着先生に、「正しい食べ物ってありますか?」と問うたときの答えは、「あります!それは生きてるものを食べることです。そして自然力で育った汚染されないものです」と答えられた。

 そして、自然の恵みのおかげで人は生きられる。感謝の心で、命のありがたさを思っていただく。そうした心がけを持てればさらにいい。

 世界平和を願う。前にも書いたが、宮沢賢治の詩”雨にも負けず風にも負けず”にある、キタニケンカヤソショウガアレバイッテ、ツマラナイカラヤメロトイイ、と働きかける指導者がいてほしい、と願う。

byおかげさま農場・高柳功