(産地の声)vol.1730 2025.12.24
12月の冬の寒さの中、こんな時の収穫作業はきつい。
そして、雨がかかると野菜も泥まみれになりやすいので、これも仕事がやりづらい。そんななので、雨続きの時は場合によっては、汚れが目立ったりして見かけが良くないこともあろうとは思いますが、ご理解を戴きたいと願う。
当農場では、毎年カレンダーを作っているが、今年最後の12月は、千葉鴨川にある大山千枚田に一万本ものLEDを光を映し出し、幻想的な棚田風景見事!。
能登半島の輪島の千枚田にも行ってみたが、さらに傾斜はきつく、かつ一枚一枚の田んぼの区画の小ささは例を見ない。水田は、水を確保しなければならない。どのように水源を確保し、各圃場全部にどのようにして水利を確保したのだろうか。それには、自然をよく知り、幾多の困難を乗り越えてきた知恵や工夫があったに違いない。
それに加えて、洪水や干ばつなどの災害もあり、大自然との折り合いをつけて人々の命を支えてきた。そうした農の世界での暮らしに日本人が育てられた。記憶が定かでないが、京大の祖田先生がそんなことを言ってたことを思い出す。
お米という字は、八十八と書くが八十八通りの仕事内容があり、それをこなす人間を作り出す。知恵や工夫、想像力が培われ、そうした資質が受け継がれ近代から現代にまでに受け継がれ、戦後の経済発展のもとになったのではないか、などと言う。
明治生まれの我が家のばあちゃんの話をすると、お正月を過ぎると田起こしが始まったという。機械などない時代だったのでもっぱら鍬とマンノウと呼ぶ農具で人力だけの田起こしなので1町歩の田を田植えまでに耕すには根気強くなければできない。それで10人を超す家族を養うお米30俵を確保することによって安心を得ることができた、という。よく口にしたのが「飯は食えているか、腹減ってないか」だった。お米があることによって命が守られ、空腹を満たすことができた。そういう経験が団塊の世代まではあるように思う。今、稲作農家の9割は70代を超える。時給10円でもやってきたのは空腹の経験、そして田んぼの価値がどれほどだったのかを体験している世代だからだと思う。
今のお米議論は値段の話ばっかりで何なのだろうとおもう。われわれ人間は自然の恵みで生きているし、生かされている。その恵みに感謝する心はどこに行ってしまったのか。大自然に対する畏敬の念が全く感じられない時代がとても心配になる一年だった。
byおかげさま農場・高柳功
