大豆収穫をしながら

(産地の声)vol.1728 一老農のつぶやき            2025.12.10

 12月も中旬となり、一段と寒さが厳しくなってきた。仕事が遅れ、今になって大豆の刈り取りを始めたが、木は枯れ固くハサミで切り取りの手作業なのでなかなか進まない。

 

 娘と孫と3人で始め、途中で連れ合いが少しでも手伝うというので4人での作業だった。連れ合いは三カ月前に自転車で転び右足を骨折してしまった。まだ治りきらないので「止めたほうがいい」と言うのだが、長年のクセ?で見ていられない、という。

 販売用ではなく、自家用なのだが味噌つくりには欠かせない。特に大豆は畑のたんぱく質と言われるようにあまり肉類を食べない我が家にとっては、必要栄養素なのだ。味噌つくりには欠かせない。

 肉類を食べないということで思い出したが、ウーファーとして当農場に、肉は食べないというアメリカの青年がいた。20代の青年だったが、どうして肉を食べないのか、ベジタリアンなのか?と聞いたら、そうではなく「高校生時代に肉を食べなければ、世界中の食糧が足りる。世界には食べられない人が数億人といるということを知ってしまった。なので」ということだった。

 同じカロリーで、牛肉の場合は1kgの肉のために10kgの穀物が必要とされる。豚肉の場合は6kg、鶏肉の場合は3kgが必要とされている。極論を言えば、飽食のせいで貧しい人たちに食が回らなくなる。「自分が食べることを止めれば他の人たちに回っていくのではないか、地球の環境ためにも」と。

 かといって、人に強制するつもりはないという。いわば彼の生き様なのだ。その彼は、都合3回も訪れたが、飄々としてしたさわやかな印象だったことを思い出す。

 かって日本人はハレの日とケノ日とがあって、普段の日がケの日、お祭りや縁日などはハレの日といった暮らしがあった。普段の日はつましく、ハレの日はご馳走で肉類なども食べ多少の贅沢をした。お正月やお祭りには、無礼講というか楽しみの日があり、ワクワクしたものだった。

 現代は、毎日がハレの日であるかのような、欲望の限りというか、うまいものを求めて限りない世になった感がある。その結果というか(そうでないかもしれないが)ダイエットが盛んになっている。

 ダイエットに関して言えば、食べ過ぎであって、ダイエットをするくらいなら食べ過ぎなければいいだけのことだ。タンパク質は必須栄養には違いないが、食べ過ぎると体に変調をきたすと教えられたので、必要なだけ戴くようにしている。

 自分がどれだけ食べればいいのか、体重が減るようでは足らないかも知れないが、自分の食べる量と質の加減を知ることが命を大事にすることだと思う。お医者さんに聞くのではなく、自分の食はどの程度で毎日が健康でいられるか、といったことを自分の体で分かるようになりたい。

 私が無農薬栽培、化学物質を避けるその訳は、自分の命が、そして家族が健康で自然で天寿を全うできるように、という願いからだ。いわば自己満足のために試行錯誤しての農法で、賛同される皆さんにお届けしようとおかげさま農場をやってきたのだった。そして、つぎに続く者のために、と思ってきたのだが。

                        byおかげさま農場・高柳功