(産地の声)vol.1727 一老農のつぶやき 2025.12.3
12月を迎え、気象庁は本格的な冬を迎え北国では各地で降雪という予報だ。
田や畑もかっては緑の世界だったが、枯れ野となって景色が一変してきた。しかも乾燥が進み各地で火災が発生し始めた。火事というのは、一切が灰になってしまう。大分県の大規模火災の被災地が報道され、気の毒でしかない。
人間の行為を超える天災は、火災だけでなく世界を見れば今アジアでは、インドネシアやタイ、マレーシアでは大洪水の被害で何百人もの犠牲者がでている。
農の世界から見ると、科学やテクノロジーで問題が解決されるかのような論調には賛同できない。自然の営みこそが上位の摂理であって、人間の行為はその次なのだとしか思えないのだが、世論を見れば地球的危機など感じていないのではないか、と思える。地球環境・自然に依拠しなければ人間は生きてゆけない。
国連事務総長が温暖化問題でCO2の抑制どころではなく、「地球沸騰」の時代だ、という警告をするほどになっているが、相変わらず経済成長だという論調は変わらない。農的世界からは、どんなに経済成長などと言っても、自然の営みからしか生産物を得られないことを実感しているのだが・・・。
政治の世界もおかしな論調としか思えない。国会議員の定数削減という政策?が突然でてきた。与党のための数あわせをするために30数人の政党と組む。その条件が定数削減だからというのだが、そんなことがあっていいのか、と思う。
少数政党の政策を、またこれまで議題にも上らなかったことが与党の数あわせのために言い分を飲まねばならない。だから今国会で決めようというのだが、国民的議論もせぬまま少数政党の主張を通そうというのはいかがなものか。
議員の数が少なくなれば、一般市民国民の側からすれば、政治家からより遠のくことになる。誰のための削減なのだろう。現状を見ると政治と市民・国民の間の信頼関係が乖離しているように思える。投票率を見れば地方など3割台がほとんどで、政治と市民との関係が乖離し、民主主義が機能してないレベルではないのか。
冬になり、夕方5時となったら暗くなりTVなどを見る時間が多くなる。国会論戦などを見ると残念だがうんざりする場面が見受けられる。こちらの方が見識不足なのかも知れないが、そう思うのだから仕方がない。
お米騒動もいくらか沈静化している感があるが、農は命を守る仕事だ。富める者も貧しいものも命を全うできる世の中であってほしい。その方策を見いだすのが政治というものだと思うが、どうだろう。
おかげさま農場・高柳功
