お米を作るということ

(産地の声)vol.1699 一老農のつぶやき           2025.5.21

 稲作の歴史は一万年位前から始まったらしい。アジアの雲南省近辺が発祥地なのだそうだ。野生の稲の中に、実が落ちない種の発見から栽培が始まったと。

 

 一般的に、実をつける植物は花が咲き実をつけ、充実した段階で地面に落ちる。大地に蒔かれた実が種となって発芽し、繁殖する。そうして野性の植物は大地に帰って命をつないできた。

 その稲の中で実が落ちない種の発見があった。実が落ちないことで収穫することができる。つまり栽培という人間の手で種を蒔き収穫し、食べ物を自給できるようになった。試行錯誤はあったろうが、モンスーン気候の水の豊富な環境が稲作を発展させた。アジアの農耕文明の始まりとも言える。

 その時代までの人類は、他の生物と同じく餌を求めての狩猟採集生活だった。地球上の生き物の中で自ら食べ物を作るのは人間だけ。アジアの農耕文明に対して、欧州では家畜を飼うことによる食の確保=牧畜文明が始まる。

 古事記にもあるように稲の実がなる国、食べ物を自ら確保する、稲作が取り入れられるようになった。そして日本史で言うところの縄文時代から弥生時代へと進む。

 そして人口増加が進む。生態学の先生によれば、全ての生き物は食べ物の量によってその個体数は決まる。江戸時代の社会的安定と開墾によって幕末には三千万人に増加する。

 明治初期に訪れた外国人の記す書物には、日本という国の美しさ、自然と人間の織りなす調和が素晴らしい。しかも富める者も貧しき人も正直で、為すべき事をなし感謝の心を持っていた、と書かれている。

 今また米問題の論調は、米が高い事のみが問題のように語られている。零細農家が問題で大規模で効率を良くして、などと語られているが、地方に住む人々は自分にできることを精一杯やってきた。同時にお米つくりだけでなく、道を作り、川をつくり、山を守りと一人一人ができることをみんなで共同してこの国(この場合、ガバメントではなくカントリー的意味の国と考えたい)を支えてきた。

 そういうことを忘れた日本人になってしまったように思える。その結果が山は荒れ、自然災害が頻繁に起こるようになったり、既に田や畑も荒れ理が目立ち、国家の品格の藤原正彦さんの言うように美しい日本でなくなってきた。

 米の値段ばかりの議論ではなく、文明論、日本文化の伝統といった面から議論がほしい。のだが、、、。アメリカの属国となった頭では無理かな。などと妄想する。

                       おかげさま農場・高柳功