(産地の声)vol.1545 産地の声でなくつぶやきだね。 2022.5.25
おかげさま農場を始めた頃、農協の理事をしていた。で、農協の販売額を見ると肥料と農薬の売り上げを見ると農薬の売り上げの方が2割近く多かった。
おかしいと思ったのは育てる費用よりも、防除する費用の方が大きかったこと。そして人間の方はどうだろうかと調べたら、これも農業=食料生産高よりも医療費の方が多かったことで、「何だ作物を育てる農業も、人間社会も同じじゃないか」
そして現在は農協の方はあまり関係していないのでよくわからないが、全国的にはわかる。農業生産高はざっくり9兆円で、医療費はなんと40兆円を超しているではないか。自給率が4割を切っているとはいえ命を支える費用より、病気代の方がはるかにかかっている。例えは悪いが、製造費用より修理代の方がはるかに多いとも言える。
これが健康といえるかどうか。医療が不要とかいうのではなく、相対的に命を守るという観点が何か違うのではないか、という考えを持ってしまう。
農業も農薬なしでは作れないということが、平均的考えになっている。農薬の歴史はたかが数十年。人間の歴史はホモサピエンスが誕生して20万年というけれど、はるか長い時間を人間は無農薬で生きぬいて、現在の我々が存在する。
今の農村は、働き手がどんどん減って、かつ農業者の平均年齢は70歳という瀕死の状態である。このまま行けばますますそれが進行する。
タマネギが高騰しているというけれど、生産者が割に合わないからやめてゆき後継者も育たない社会では、それも仕方ない、などと思う。TVでは、天候の問題だとか言ってるけど、そんな問題ではないように思うがどうだろう。
ようやく田植えが終わった稲作にしても、お米余りと言うことで米価は下降しっぱなしで、稲作農家はどんどん減っている。であるのに80万トンも義務で輸入し、農林大臣は貿易のためには仕方ないという見解である。
世界を見れば飢餓人口が2億人近いという。いっそのこと日本の余剰米を経済援助すれば世界の食べるに困る人たちが助かり、国際貢献できると思うがやろうとしない。
貧困や社会的弱者を救うのが第一の政治の役割なのではないか。国際的にも戦争のない世界を作る外交が求められると思われるのだがどうだろうか。
半年前に亡くなった昭和史を書いた半藤一利さんの「戦争だけは絶対にしてはいけない」というドキュメンタリーを見て思ったことでした。
おかげさま農場・高柳