春は1年の始まり

(産地の声)vol.1533                               2022.3.3

 おかげさま農場の片岡です。3月に入りいよいよ新年度が始まるな~という気持ちです。今年の冬は寒かったものの空がとてもきれいで、特に夕焼けは本当に美しいものでした。

そして2月の上旬から気温はまだ低いものの、日差しが春らしい陽気を含んだものに変わり始め、こちらの気持ちが弾むような光に変わって来ました。そして最近では、梅に続けとばかりに、多くの草木に新芽がつき始め生命の躍動をあちこちで感じるようになってきました。

 そうなると人間側も「そろそろ本格始動だな」という気持ちになります。田んぼをやっているメンバーは、既に畦刈りや耕転は始めていますが、注文していた種籾がやってくるので、浸水して発芽させ種まきをする準備が始まります。一度種を蒔くと、もう待ってはくれませんので、苗の生育に合わせて仕事を進めるしかありません。

 また、例えば高柳場長のところでは2月12日にミニトマトの種を蒔きましたが、大体10日ぐらいで発芽をし、来週末にはセルトレイという小さな苗床からポットに鉢換え作業を行う予定です。そしてさらに1ヶ月後の4月にハウスへ移植、という流れです。野菜もお米もそうですが、一度始めるともう秋までノンストップです。太陽の盛りの夏は植物の生育のピークで、人間もそれに合わせて一生懸命体を動かし働くのが自然です。そして収穫の秋を迎え、生命の躍動がひっそりとなる冬を迎える。そしてまた春が来て1年が始まる、という事が繰り返されのが農村です。

 よく高柳場長が「街の人は1週間単位で仕事をしているが、俺らは1年単位だ。人間も自然の一部なんだから、自然に合わせて生きるのが自然なんだよ」と言います。

 自然から離れた会社勤めだとどうしても会社や仕事の目標や期限に合わせて働かざるを得ませんものね。若い頃はそれが刺激的で良いかもしれませんけど、歳を重ねてくると、あるいは子供が生まれたりすると、どこかおかしいと感じて自然を求めるようになるのかもしれません。実際、最近は移住や二地域居住をする人が増えてきています。私も若い頃は東京で毎日睡眠時間を削って働いてきましたが、今のような生活を知ってしまった今、もう企業戦士には戻れません。

 人間も自然の一部と言うのは、頭で理解できることではなく体感することでわかることだと思います。おそらく遺伝子レベルで刻み込まれているのでしょう。季節に合わせた生活を求めたくなるのは本能なのかもしれません。特に日本のように四季が豊かな風土で生まれ育った私達の特徴なのかもしれませんね。

                       おかげさま農場・片岡弘充