雑言

(産地の声)vol.1390        雑言            2019.4.10

 人は誰でも思いを持って生きている。そう意識(自覚)しているかどうか別にして。がっかりしたり、失望したりするのは自分にそれなりの期待と願望があるからなのだ。欲望というか、我欲というか、ともかく自分の願望があって、そぐわなければ、がっかりしたり、失望したり、時には思い通りにいかなくて自暴自棄に陥ったりする。

 

 仏陀は、心は心によりて心よりなる、と教える。自分の思いがなければ失望したり、がっかりしない。だから、無心になることだと教える。期待しなければ現実をそのまま受け入れれば良いだけのこと。その中で自分の務めを淡々とこなせばいい。今、自分の命があるだけでも感謝できるではないか。

 その昔、洪水や日照りなどの自然災害、病気やけが、或いは獣に襲われたり、食べ物が獲得できないなど、飢餓や恐怖の中を生き抜いてきた。食べ物がなくなり、餓死したり襲われたりしたことを思えば、今その命があるだけでも、有り難いことではないか、という。

 4月7日は札うちの日。例年の大師様参りの日で菩提寺でのお接待の日だった。お寺の参道前のサクラの美しさに思わず車を止めて鑑賞!見とれながらついスマホで写真を撮ってしまった。お寺に着き、見渡すと境内の山裾に古木の一本サクラの木がこれも満開!天気も良かったのでサクラだけでなく、利休梅と言う真っ白な花も満開!観音堂前のチューリップも真っ黄色の花を咲かせていた。

 しばらく石のベンチに腰掛け、癒やされる時間を過ごした。

 自然の生き物は不平や不満を言わない(人間に分からないだけなのかも知れないが)。家の前の畑の草取りを連れ合いに頼んだけど、部分的に草が残してあるので「何故だ?」と聞いたら、「タンポポの所と花の咲く草は残しておいた!」という。それがちらちらと咲き始め、鮮やかな黄色の花がまぶしいほどに輝いていた。草を残しちゃダメだ、と言ったが「まあいいか」と思う。

 台風などの強風や大雨、そして真冬の寒さに耐えて生き抜いている雑草。不平不満を言わず花を咲かせ、人の心をを和ませてくれる。

 花は、人間に対してだけでなくミツバチや草を食む昆虫の餌にもなって他の生き物のためになっている。緑の色も安心感を与えてくれる。これが砂漠や瓦礫の地だったら、とても不安になって心が落ち着かないだろう。四季の巡り会いにいとおしいものを感ずる。自然の力の偉大さなのかなあ。

                           おかげさま農場・高柳功